福岡地方裁判所 昭和42年(ワ)1531号 判決 1972年2月28日
原告 株式会社筑前織協
右代表者代表取締役 藤野又十郎
右訴訟代理人弁護士 田辺俊明
被告 三共物産株式会社
右代表者代表取締役 福井朝吉
右訴訟代理人弁護士 田原昇
主文
一、被告は原告に対し金九七万八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年一一月一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、第一項に限り、原告において金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め(た。)≪省略≫
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め(た。)≪以下事実省略≫
理由
一、原告主張の請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。
二、被告の抗弁(1)において主張する昭和四二年一一月九日開催の被告債権者集会において、同集会参加の各債権者が当時被告に対して有する各債権のうち債権額七二パーセントを放棄する旨を被告と合意し、原告も右集会に出席して右合意に参加し、右割合による債権の一部放棄の意思表示をなした事実は、原告の認めるところである。
しかし、被告が抗弁(2)において主張する同日原被告及び訴外有限会社大島織物の三者間における残二八パーセントの被告の債務についての免責的債務引受契約締結の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。もっとも、≪証拠省略≫を綜合すれば、右債権者集会の当時、被告と債権者の一人である有限会社大島織物(以下大島織物と略称する)との間において、同会社が被告の営業を譲り受けるとともに、被告の店舗、商品等の資産及び負債の一切を引受けて営業を継続する旨の契約がなされ、右契約の趣旨に沿い、債権者集会の機会に、大島織物より右債権者集会参加の各債権者に対し、被告との連名の書面により、前記債権一部放棄後の被告の残債務につき連帯保証をする旨約束したことが認められるが、その際右残債務につき被告を免責する旨の提案がなされたことも、また原告その他の債権者が被告の免責に承諾を与えたことも、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。≪証拠判断省略≫
三、次に原告主張の要素の錯誤による前記債権一部放棄の意思表示無効の抗弁につき以下判断する。
前示認定に供した各証拠のほか、≪証拠省略≫を綜合すると、次の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
「被告会社は、昭和四二年六月の決算期において約六〇〇万円の欠損を生じ、経営不振のまま営業を続行したが、銀行融資が杜絶したため同年一〇月下旬の支払期日における支払手形の決済ができなくなった。
そこで、被告は、商品仕入れ先である買掛代金債務の各債権者よりその債権処理上の援助を得ることにより経営を建て直すべく計画し、同年一〇月二三日原告を含むこれら各債権者を被告代表者方に招いて第一回の債権者会議を開催した。
その当時の被告の経営状況では、商品仕入れ代金債務の四〇パーセント程度が一時棚上げされて支払猶予を得ることにより窮境を脱することができる状態であったが、右第一回債権者会議の席上では、被告側より口頭で各債権者に対し、経営の実情報告とともに、各債権者平等の割合で債権額の五〇パーセントを一時棚上げしてその処理は翌昭和四三年三月末に協議のうえ定めるようにしたい旨の申出がなされ、結局、出席各債権者は不満ながらも右申出につき一応の了承を与えた。右会議の席上、被告よりその保有する在庫商品の価額を合計四、〇〇〇万円ないし四、五〇〇万円程度と発表された。
ところがその後、右各債権者のうち、京都市所在の大口債権者である訴外辻和商事株式会社、同中川株式会社及び同丸寿の三債権者より中川株式会社を代表として被告に対し、被告の資産、負債とともに営業を譲り受けたい旨の申し入れがなされ、これと競合して別に鹿児島市所在の大口債権者である大島織物からも同趣旨の申し入れがなされた。これについては、被告と右関係各債権者との間で折衝の結果、結局大島織物が前認定のように被告より営業の譲渡を受け資産、負債を引継いだ。
その間、被告、中川株式会社及び大島織物の三者の手により被告の資産につき再評価が施行され、その結果により大島織物の顧問税理士をして財産目録並びに付属明細書を作成せしめた。右資産評価においては、さきに約四、〇〇〇万円に上ると見られていた在庫商品の価額を、中川株式会社の代表者の指示に従い商品によって実際価額の二分の一あるいは三分の一程度に低く評価することにより合計二、五九三万余円とし、被告の有する売掛代金債権につき、その一部債権を回収不能等として切り落すことにより評価総額を債権総金額の約半額とするなど、資産額を著しく低減して評価計上した結果、右財産目録においては、欠損額を約六〇〇万円とした決算期より僅か約四ヵ月後の昭和四二年一一月六日現在で四、三九二万円の差引負債勘定とされた。
そして、同年一一月九日急拠被告は再度各債権者を招集し、第二回の債権者集会として前示債権一部放棄の合意のなされた集会を開催し、前記財産目録並びに付属明細書を各債権者に配布し、これに基づいて資産負債の状況を説明した。
右債権者集会に代表する者を派遣して出席した債権者は、中川株式会社、辻和商事株式会社、丸寿、大島織物、原告のほか五取引業者の計一〇名の債権者であり、最も大口の債権者である辻和商事株式会社を代表して出席した訴外西村一郎を議長として協議した。
右第二回債権者集会では議長より提案されて、前記配布の財産目録等の内容を正確なものと確認する議決がなされるとともに、前記第一回債権者会議の当時における債権債務関係に遡って各債権者平等の比率七二パーセントの割合で債権を放棄する件が討議された。その際、被告側より、右財産目録等に記載の在庫商品価額は債権者中川株式会社が実際に調査した結果による正確なものであり、また従業員の横領金額が多額に上ることが判明し、資産負債の計算関係上債権額五〇パーセントの棚上げでは第二会社による営業の継続が不可能であり、七二パーセントの債権放棄がなされれば、残二八パーセントの債権額については、右債権者集会終了後直ちに支払いが履行されるものである旨の説明がなされた。
原告は、右集会において報告された資産、負債の内容が現に出席の債権者による調査に係るものであるため、これを信用せざるを得ず、他の債権者全員も提案に同意し、中川株式会社や辻和商事株式会社から他の債権者に歩調を揃えるようとの強力な説得活動も受けて原告も提案を受け容れ、結局右債権者集会の席上出席全債権者一致の議決の形で前記債権一部放棄の合意がなされるに至った。
右合意に参加した債権者の一人である中川株式会社は、すでに昭和四二年七月一一日、被告との間の商品取引契約上の債権担保のため被告代表者福井朝吉個人が北九州市小倉区内に所有する原野三筆の共有持分につき元本極度額を金八〇〇万円とする根抵当権の設定登記を受けていたものであるが、右債権者集会においては、債権者のための担保権の有無及びその処理の関係についてなんら話題に上らず、従って出席債権者はすべて平等の二八パーセントの割合で債権の満足を受ける趣旨で合意が成立したものである。
ところが、右集会の六日後である同年一一月一五日に至って、同月九日(右債権者会議の日)取引契約解除及び変更契約を原因とし確定抵当債権額を金八〇〇万円、利息を日歩二銭とする右根抵当権変更の付記登記並びに同月一〇日付債務引受契約を原因とし債務者を福井朝吉とする右抵当権変更の付記登記がなされたほか、その次順位の抵当権として、新規に、抵当権者を中川株式会社、債務者を福井朝吉個人とし、同月九日金銭消費貸借の同日設定契約を原因とし、債権額を金二〇〇万円、利息を日歩二銭とする抵当権が設定登記された。
同年一一月一五日になされた右各変更付記登記及び設定登記は、いずれも、被告代表者福井朝吉と中川株式会社との合意により、従前の被告の商品買掛代金債務の担保とする趣旨でなされたものである。しかし、前記債権一部放棄前の中川株式会社の固有の売掛代金債権金額は計金五一八万二、九〇〇円にすぎなかったが、辻和商事株式会社のそれは金二、〇五八万余円であり、丸寿のそれは金一、二七一万余円であった。」
四、前示各事実によると、原告が前記債権一部放棄の意思表示をなすに至ったのは、それが、前記第二回債権者集会で報告された被告の積極財産(特に在庫商品)の価額が正当の評価額によるものであること及び右債権者集会に出席し全員一致の議決に参加した債権者の全部が平等に同じ二八パーセントの割合でのみ各自の債権の満足を得て残余債権を放棄するものであって債権者相互間に不平等のないことを前提とするものであり、原告は右前提の存在を信じて意思表示をなしたものであるが、実際は、右報告に係る被告の積極財産の価額は、ことさらに著しく過少に評価されたものであるのみならず、参加債権者のうちの一部の者(中川株式会社)のみが秘密裏に別途余分に債権の満足を得る方策が講ぜられ、これら一部債権者(なお、辻和商事株式会社及び丸寿も中川株式会社と同腹で利益の配分に与かるものと推測される。)及び資産譲受人として利益を受ける大島織物と原告を含む他の債権者との間に不平等が存する事情にあったのに、原告はこれを知らなかったものであるから、これらの点につき原告に錯誤が存したものと認めることができる。
そして、右錯誤は前記債権一部放棄の意思表示をなすについての動機に存する錯誤であるが、右動機は、債権放棄という表意者の一方的な不利益を生ずる単純な意思表示の性質自体からしても、また前認定の事情からしても、決定的に重大なものであり、かつ、債権者集会の席上で意思表示をなすに当り同時に表示された動機ということができるから、その錯誤は、これをもって民法九五条所定の法律行為の要素に存する錯誤に該るものと解すべきである。
従って、被告抗弁に係る前記債権一部放棄の合意は、原告の意思表示の要素に存する錯誤による無効のものであり、この点の原告主張の再抗弁は理由がある。
五、そうすれば、その余の原告再抗弁に対する判断をするまでもなく、被告に対し本件売掛代金九七万八、〇〇〇円及びこれに対する約定弁済期限後の商事法定利率による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを正当として認容すべきものとし、民訴法八九条、一九六条に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺惺)